
------------------(これより上部は、プロバイダーの広告です)------------------
親父倶楽部 第18回例会 記録
テーマ・・・「息子を送り出す親父の独り言〜大学、下宿」
報告者 東 秀一
◆日 時 ・・・・2001年3月12日(月) 19:15〜22:00
◆テーマ ・・・「息子を送り出す親父の独り言〜大学、下宿」
◆担 当・・・ 前田秀美
◆参加者:山崎秀明、前田秀美、平尾禎孝、平尾真由美、東秀一
後藤芳男、西博康(以上7名 順不同 敬称略)
◆会 場 ・・・・ヒューマンダイナミックス研究所
■ 「息子を送り出す親父の独り言〜大学、下宿」
■ 『息子を送り出す親父の独り言〜大学、下宿』(前田秀美)
息子が大学進学で下宿することになりました。現在の親父の心境を述べます。
○生まれた時のこと
・予定日より約1ヶ月早く生まれ、体重2580g、身長46p
・感染防止の為、5日間点滴をしたが、無事出産したこの時の感激は忘れない
・おしめを洗ったり、交換したりした。夜のおしめ交換は親父の仕事
○3歳頃〜小学生の頃
・プラモデルやプラレールのおもちゃで遊んだ
・万博公園や宝塚、枚方の遊園地へよく行った
・野球、サッカーなどをして遊んだ
○中学〜高校の頃
・小学校高学年の時に怒ってからほとんど話をしないようになった
・中学校でサッカーを始めたがテニスへ転向、昨年の10月までテニスをやっていた
・最初は専門学校へ行きたいと言っていたが、大学を勧める
・知り合いの大学院生に英語を教えてもらったのが良かったのか
神戸の大学に合格した
○現在の状況
・友人とバラバラになるのでタイムカプセルを作ったり、遅くまで遊んでいる
・最近は友人宅に泊まってくることが多い
・3/10に下宿(ワンルームマンション)を決めてきた
・自分も東京の私大へ行かせてもらったので子供にも出来ることはしてやりたい
・最近は親離れをしていて、ピアスをしたり、時々茶髪にしている
・バイクを買うときに妻には内緒で相談してくれた時は嬉しかった
・今度は大きいバイクを買いたいのでバイトをすると言っている
○息子へのメッセージ(紙に書いて渡した)
・なかなか話す機会がないので、親父の気持や意見を紙に書いて部屋に入れたりしている
・今まで怒ってばかりでわるかったこと、子どもの気持ちを理解してやらなかった ことなど親父の素直な気持ちを伝える
☆まとめ
中学〜高校生の一番大事な時期に息子とあまり話をしなかった。
小学生の高学年の頃、かなり叱ったりしたことが原因かも知れない。
いろいろなストレスなども子どもにぶつけていたのかもしれない。
あと、フォローすればよかったのだが、そのままになってしまった。
気がついたら息子が大学進学、あまり相談もしないまま自分で受ける大学を決めてしまった。
親父は息子の将来を決める選択に何の影響力も与えられなかったのではないかという虚しさ、反省が残る。
家内には話をしたり、困った時などには相談もしていたようだが、親父として、自分の価値観や考え、生き様を伝えようとしなかった。
これまでグレたりしないで何とかやってこれたのは、家内の力が大きい。
大学進学、下宿をすることになったが、子どもはとっくに親離れをしているようだ。
やはり叱る時はなぜ叱るのかを言う、あとのフォローをする、また、親も子どもと同様にいろいろな悩みなどを抱えている姿を子どもに見せる、共有するということも必要と何かの本にかかれていたが、そう思う。
ある程度大きくなったら言いにくいが、基本的に子どもが好きだ、いつでもみかただというメッセージを伝えることが重要と思う。
そうすれば多少叱ったり、意見を言ったりしても、それはその行動に対してであって子どもがきらいだからではないと、理解されるようになる。大平光代さんも書かれていたが、最後の頼みの綱は親だ、信頼していた親が子どもの行動や考えを理解してやらなかったら、子どもは自ら破壊的な行動に走ってしまう。
最近では、なかなか会う時間もないので、直接言いにくいことなどは紙にかいて意見を伝えたりしている。
親父の気持ちも少しはわかってくれているのかもしれない。
これからは、息子と同じ目線で親父の考え、意見をどんどん伝えていきたいと思う(1分間パパの実践)。
<息子へのメッセージ>
・ 感謝の気持ちを忘れない(いろいろな人のお陰で生きていること)。
・ 大学では、自分が何をしたいのか、できるのか、よく考えてほしい。
・ 何でもチャレンジする精神を持ってほしい。
・ なるべく本を読んでほしい。
・ いい友人をつくりなさい。
☆早く息子といろんな話がしたい。
■参加者の意見
・前田さんの話に聞き入ってしまい特になし。
■欠席者のメール参加
◎Aさん
・前田さんの所と同じように、私の長男もなんとか大学入学を果たし、今ほっとしているところです。
本人も内心は喜んでいるようで、限られた休みを満喫している毎日です。
・今度行く学校が、Hさんの母校と聞いて父親の私がびっくり!私は、正直どこを受験したのか知りませんでしたので、
このことを知った時は、「こいつ、遊んでるフリして結構やるな」と思いました。
・通学は、通いで行ける所でということで、今回は自宅からの通学です。
下宿となると経済的にも大変ですよね。我が家は最近、家を買ったばかりなので、通いができないなら自分で稼ぐという条件で学校を選ばせました。親の支援の限界ははっきりと伝えました。
●自立を促す(母親と父親の考え方の違い)
どうしても、親の生きてきたスタイルを押しつけてしまいます。
たぶん間違っていないだろうと思いますが、私の場合、兄弟が6人もいたこと、父親が公務員で限られた収入に加え、将来の独立の為に家にはあまり金を入れていませんでしたので、進学することは無理でした。
結局、皆、中学や高校を出て就職しましたが、三男の兄と四男の私は、就職後勤労学生をやり大学を卒業しました。
自分の金で賄おうとすれば、今のようにバイトだけではとても大学へは行けませんでした。結果としては、自立心ができたと思っています。時代は変わっていますが、子供には「必要最小限の支援はする。後は自分で資金調達を考えろ」と言っています。
妻はこの言い方には抵抗があるようで「なんとかして上げたい」と言います。
私は「足りなきゃバイトするか、奨学金でも借りて働いてから返せば良いではないか」と冷たく言っています。
言うのは辛いのではありますが、大学は最終的に自立心を完成させる時期と理解しますので、私はそれを通そうと思っています。
奨学金も手続きは自分でさせなさいと言っています。
●合格祝い
私の時は、めったに祝わない父親が時計を買ってくれて本当に嬉しかったことを覚えています。当時は時計をしているのがステイタスとなるような時でしたから、私はその時計を飾っている方が多かったように思います。
長男は、今ビリヤードに熱を入れているので、本人の希望によりキュー(玉突き棒)を買ってやりました。
むろん、予算オーバー分は個人負担と言うことで・・・。
いろいろ振り返ってみますと、親って子供と随分関わっているんですね。子供は親を映し出す鏡だとつくづく思いました。
おかしな姿が鏡に映らないよう自分自身気をつけて行きたいと思います。
◎Bさん
●私の学生時代
私は、片親で育ったこともありまして、高校時代から日本育英会の奨学金を受けていました。学校は公立に進学することが、母親の願いであり、必須のように自分に言い聞かせてやってきました。
当然、大学進学も母が汗水たらして作ってくれたお金で行くわけですから、国公立しか念頭にしかなく、さりとて、自分の実力でいける学校は限られているわけでした。幸いにも当時の二期校である「神戸商船大学」に何とか引っかかり進学が叶いました。
大学の特色である「全寮制」のおかげで、酒も鍛えられましたが、経費は安く済みました。私が入学した昭和51年当時、国立大学の授業料は年間9万6千円(月8千円)でした。それに寮費が食費を含めて確か月2万円くらいでした。私は日本育英会の特別奨学金を受けていましたので、それだけで月1万8千円(だったと記憶していますが?)を受けていました。
それでも、母は弟を私立高校に行かせながら、私の学費も面倒見てくれていましたから、今考えると本当に大変だったと思います。
母の口癖は「母子家庭だから・・・・・・」というものでしたから、私たちにそれゆえのひもじい思いはさせたくないとがんばっていたようです。それでも、親元を離れた開放感と食うことにはとりあえず困らないという安心感があり、「親の心、子知らず」とは言いませんが、
学生生活はエンジョイさせていただきました。いわゆる苦学生ではなかったと思います。
もちろん、パチンコやマージャンはやりませんでしたから(これはまじめというわけではなく、単にタバコの煙がダメだったという理由)、
もっぱらお金は呑み代に消えていたように思います。
一応理系でしたし、年一回は乗船実習で1ヶ月は陸にいませんでしたので、まとまったバイトは出来ませんでした。それでも、就職は教授推薦で、地元の会社へイッパツでわけのわからないまま「内定」をもらえましたので、「まあ、いいか」ということで、4回生の夏休みには決まってしまい、他の会社は受けませんでした。
ということで、大学卒業から20年かけて返済した奨学金も今はきれいになくなりました。
◎Cさん
私は、18歳から、一人暮しをし始めまして、下宿生活は、関学の「上が原」から始めました。
親元を離れて、はや25年になりますが、離れてみて、故郷のことや、親のことを一人で考える機会が多くて、地元に残って、鳥大に通っている同級生よりは、かえって、郷土意識が強かったのを今も覚えてます。
生活費は5万円、下宿代から、生活費など、いきなり家計簿をつけ始めまして、この帳簿付けは、今も続いてます。
親からもらった大切なお金ですので、1円も無駄に出来ないという気持ちでした。
■第18回親父倶楽部を終えて
運営委員長 西 博康
子供が親元から巣立つ時の親の想いというものを、改めて感じさせられました。
この度の、前田親父の企画は、大変素晴らしく感激いたしました。
前田さんの話から、自分達が、親元から巣立つ時に親父から送られた言葉や思い入れ、それを今改めて感じなおしたり、或いは、まだ幼い子が、今後、どのように、育って巣立って行くのかなどを語り合う事が出来ました。
いつまでたっても、親は親、子は子としての絆にまた新たな歴史が加わっている、親父たちの素晴らしい「独り言」でした。
本当に、皆さん、有り難う御座いました!!
ー以上ー