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親父倶楽部 第20回例会 記録
テーマ・・・「赤ん坊が子供に変る時・・・」
報告者 東 秀一
◆日 時 ・・・・2001年5月14日(月) 19:30〜21:30
◆テーマ ・・・「赤ん坊が子供に変る時・・・」
◆担 当・・・西 博康
◆参加者:山崎秀明、西博康、後藤芳男、前田秀美、東秀一
(以上5名 順不同 敬称略)
◆会 場 ・・・・ヒューマンダイナミックス研究所
■ 「赤ん坊が子供に変る時・・・」
■「赤ん坊が子供に変る時・・・」テーマの選定について
(西博康)
初めて、自分の子供を目の前にしたとき、子供の育て方など知る由も無かった。
私が、初めて自分の子供を見たのは、女房が出産を北海道で行った事もあり、だから、生まれたばかりの様子は、写真でしか知らない。
「こんにちは赤ちゃん、私がパパよ」などと思ってみたところ、育て方はおろか、触り方も判らない…。
仕事の関係から、朝は早く夜は遅く、土曜日曜など関係の無い生活が続き、子供は寝顔しか見たことが無かった。
子供にとっては事実上の母子家庭状態が続いていた。
しかしながら、週に何度かは、起きている姿を見ることもあり、見る度事に、変っていく、成長していく様子を感た。
どう育ててよいか判らないままに、目の前にある赤ん坊は、初めは、単なる生き物であったのかも知れない。
自分(父親)は、子供を(寝顔を)毎日見かけていても、子供は父親の顔を見る事など、滅多に無い。
故に、毎日自分を育ててくれる母親と、何処かの知らないおじさんとは、赤ちゃんなりに、自ずと態度や甘える様子が違う。
生まれて暫くは、親父と子供とは永遠の他人であった。
そんなある日、ラジオで永六輔が「こんにちは、赤ちゃん」の詩に纏わる話を聞いた。
この唄は、親父の唄。母親は、お腹の中に居る時から子供なのだから、今更「こんにちは」では無いのだ、生まれてからはじめて見るからこんにちはであり、照れくさいから、私がママよと言っているのだと…。
なるほどなと感じた一方、この子と、自分とはまず他人であることの認識から始める必要があると気が付いた。
これまで、自分は、この子は自分の子供だから、当然自分の意志通りになる物だと思い込んでいたが、いやそうでは無く、恋人の気持ちを得るように、子供の気持ちを得なければならないと感じるようになった。
実際の生活では、母子家庭状態が続く中、僅かな時間を見つけては、思い切り子供と接するようになっていった。
子供が成長していく様には、思わずビデオを買ってテープを回し始めた。毎日違う…。彼と接しながら、やはり子供が変っていく節目節目のきっかけがあるのかなとも感じた。
彼が幼稚園を卒業するまでに回したビデオは約120本、それを何本かの作品としてテープにまとめています。
今回、0歳から3歳までの作品をダイジェストにして、通しで見てみました。
すると其処には、今まで、親自身も気が付いていなかった、「赤ちゃんが子供に変る姿」が映し出された・・・
■ビデオ鑑賞
ヒロマサスペシャルX「マチのヒーロー物語」(2歳10ヶ月〜3歳3ヶ月)
ヒロマサスペシャルT「まさのゆかいな一日」(2ヶ月)
ヒロマサスペシャルU「マチャが来る」(5ヶ月〜1歳)
ヒロマサスペシャルV「マチャの大冒険」(1歳2ヶ月〜1歳4ヶ月)
ヒロマサスペシャルW「メダカへの道」(2歳〜2歳7ヶ月)
※X、T、U,V、Wのダイジェスト版
■参加者の感想
◎Aさん
題字や効果音の挿入、演出とプロ顔負けの出来栄えで、2時間が過ぎるのがあっという間でした。
子供が必死に生きようとしている姿や、親と懸命にコミュニケーションをとっている姿、あるいは当時を思い出し、涙をながしてしまいました。
子どもは本当に素直に育っていきます。子供がどのように育つかは、親の責任だと改めて感じました。
◎Bさん
私も涙、涙でした!!!
子供も親も一緒、一生懸命に子供をし親をしながら成長をしていく。
画像を見ながら思わず掛け声かけていました!
みんな同じこと、経験してきた、だからわかるんですね。
「赤ん坊が子どもに変る時・・・」は、教材になりますね。
それにしても西さんは多才、この人、いったい何者?
◎Cさん
1.よくここまでこまめに上手にまとめて上げられたなあと感心させられました。
それだけ親子愛がある証拠だと感じました。
2.映像とバックミュ−ジックがビッタリでとても素晴らしく感じました。
また、音の重要性も感じました。
3.仕事とはまた違った素晴らしい感覚を持っておられると感じました。
4.奥様も一致協力され、素晴らしい家族愛だとつくづく感じさせられ、
羨ましく思いました。
5.この記録は子供さんの将来の宝物だと感じました。
6.このビデオを見せて頂き、ふと己をふりかえって見ると、 子育てに何をして来きかと反省する次第です。
もう遅いですが考えなおさなければと思いました。 これからはもう少しでも子供のことに感心をもたなければいけないなあと感じました。
◎Dさん
私も子供が生まれると同時にビデオを買いましたが、撮るのはもっぱら妻の方で、上の子は3歳位までは沢山あります。
写真も多くありますが、ほとんど整理がされていません。
ビデオは一応時系列でまとめて入れてあるぐらいで、他人に見せられるようにタイトル、音入れして編集するのは大変です。
でも、中に写っている子供はどこも同じように思います。
小さいときは男の子、女の子も関係ないように思います。
私のところは男の子がいないのであまり子供に期待をかけていないと自分では思っていますが、逆に甘くなっているのか
何でも子供のことを聞き過ぎだと妻に言われています。
小さい頃からあまりかまって一緒に遊んでやっていなかったようにも思います。
最近はだんだん友達と遊ぶようになり、逆にかまって貰えなくなりつつあり、子供にチョッカイを出しては妻に怒られています。
いつまでも互いに空気みたいな存在でいることが理想と思っています。
■担当者・運営委員長コメント(西 博康)
普段、何度でも見ている自分の子供や、自分の子供のテープを、他の親の目を通してみると、また違った「発見」がありました。
再度それを整理しますと、
1.赤ちゃんや子供は、本当に親との接触を求めていて、接触したことや
それが出来なかった事全てが人格形成の中に吸収さていく。
赤ん坊の昆虫のような動きの中に、それらが表現されている。
2.赤ん坊は、本当に自ら生きることに、必死のエネルギーを費やしている。
首を据える・ハイハイする・立つ・歩くという行為に潜むエネルギーの大きさに改めて考えさせられた。
3.1歳位になって、立って歩いた瞬間から、自分に飛び込む刺激や情報が格段に大きくなり、頭の成長が加速する。
4.外界の刺激の急増に伴い、「快・不快」以外の感情が沢山発生し、自分の感情を表現・伝達を行いたく、言葉を必死に使おうとする。
逆な表現をすれば、言葉の形成は、本人に入力される外界の刺激に大きく影響される。
5.2歳くらいになると、言葉として、意思を理解できるようになり、親が求めている物を理解し、努力しようとしだす。
6.親以外でも、自分に本当に愛情を費やしてくれる人には、必死に付いて行こうと行動する。
7.自分が、求めているものと、自分が出来ることとの間に、隔たりがあると、我慢できず、泣き出す。
8.親には、良い所を見せようと、思わす、かわいい嘘を付く事もある。
9.頑張った事が、本当に出来て、親から誉められると、本当に嬉しそうな顔をする。
10.3歳になって、自分の気持ちを言葉で伝えながら、親と本当に上手に遊べるようになる。
一人の子供の最初の自我形成をされるケーススタディとして感じました。
■欠席者のメール参加
◎Eさん
二人とも帝王切開でしたが立ち会えず、西さん同様私の場合も、子供を見たのは2,3カ月後だったと記憶しています。
最近は、父親も一緒に付き添って出産という時代になっているようですが、私の場合は遠すぎて無理でした。
数ヶ月経った子供と初めて対面した時は、正直言って実感があまりありませんでした。
変な意味ではなく「ほんまに俺の子やろか」と思いました。
一緒に住みだしてから、風呂に入れたりしている内にだんだんと、実感してきたものです。
その当時、仕事がコンピュータシステムの開発プロジェクトに入っていたため、殆ど夜討ち朝駆けの状態で、子供だけではなく
妻とも一緒にいる時間はあまりありませんでした。又、意識的に持とうとも思っていませんでした。
私はあまり理解して上げていなかったのですが、後で聞くと子育ても大変だったようで、夜泣きはするわ、身寄りもなく相談相手はいないわで、随分苦労を掛けてしまいました。
私が子供を意識したのは、記憶をたどると、2歳の頃にチェッカーズの「ギザギザハートの子守歌」を歌っていたのを聞いてからだったと思います。
我が子ながら「これはすごい、将来はミュージシャンにでもなれるのでは」なんてバカなことを思っていました。私の家庭は兄弟が多く、親は基本的に子供にはノータッチでしたから、私もそのように対してしまったと思うのですが、妻から見ると子供との接触や手伝いが足りないと随分言われました。
本を読んで上げたり、日曜日にはどこかへ連れていったりと結構頑張ったつもりではあるのですが、まだまだ足りなかったようです。
最近は、父親も子育てに積極的に協力して云々と言いますがそれはそれで大事だとは思いますが、一方で小さい頃から個室を
与えて、家族が一緒にいる時間を減らしてしまっている、その方が成長期の子供に対するマイナスの影響は大きいような気もします。
もちろん、個室があってもきちんとコミュニケーションが取れているご家庭もあると思います。私の場合は、幸か不幸か最近まで狭い部屋に住んでいましたので、家にいる間はワイワイと会話だけはしていましたので、コミュニケーションは取れていたようです。
最近の新入社員を見ていると、頭はいいんでしょうが、対人関係能力が全く出来ていないように思います。
やはり、家庭や地域社会で年の違う人間との会話を繰り返す中でだんだんと築き上げて行く能力で、私見としては自我が出来上がるまでは、部屋はない方が良いのではと思ったりしています。
又、親や先生と子供が友達のように付き合って、それを良しとする風潮もあるようですが、私は子供と仲良くなりたいとは思いませ
ん。親としての役割に徹したいと考えています。
仲間として付き合うのは成人してからです。それまでは嫌われ者でもいいと自分に言い聞かせています。但し、一緒に遊ぶときは、私が子供になってしまいます。
今年、数年ぶりにこどもの日に「兜飾り」を組み立てて飾りました。そして、家族で食事をしに行きましたが、取り敢えず元気で
育ってくれている子供には感謝したいと思います。
ー以上ー