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親父倶楽部 第35回例会 記録

テーマ・・・ 「都会の中の子供の遊び場」


     報告者 西 博康

◆日 時 ・・・・2002年9月10日(火) 19:00〜21:00
◆テーマ・・・「都会の中の子供の遊び場」
◆担 当・・・西 博康
        ゲスト 大阪市立日之出青少年会館 社会教育主事補 伊丹邦宏さん
◆参加者:前田秀美、平尾禎孝、カキクケコージ、糟谷浩史、東秀一、西博康
     (以上7名 順不同 敬称略)
      メール参加 豊田雅彦
◆会 場 ・・・・大阪市立東淀川勤労者センター

「都会の中の子供の遊び場(伊丹邦宏さん/西 博康)

テーマの設定理由
今月は、大阪市立日之出青少年会館 社会教育主事補の伊丹邦宏さんをお迎えして、「都会に中の子供の遊び場」と言うテーマで進めます。
私達が、山や川、海や田圃でどろどろになって遊んで学んだ事って何だったんでしょうね。今の子供たちは、学校と家庭の狭間でコンビニにたむろして自分の「居場所」を求めています。
子供たちが、純粋に自然や仲間と一時を過ごす事にへとへとになるまで遊びながら学んでいく事は、もう、過去の幻なのでしょうか・・・。
今、子供たちの遊び場・居場所空間の創造に、新しい試みがあります。今一度、遊ぶ事の意義と明日への取組みについて考えてみましょう。

プレーパークへの想いを語る伊丹さん

 

■1.都会から子供の遊び場が消えた・・・今、学校と家庭の狭間で(西 博康)
@都会から子供の遊び場が消えた
・我々(現代の親父たち)が、子供の頃、真っ黒になって遊んだ「山」や「川」「海」「たんぼ」…
 それは、もうすっかり昔の思い出話になってしまったのか。
・ 自然や虫・小動物との出会いから学ぶ好奇心の育成や年齢を超えた仲間付き合いから
 学ぶ心の成長の場が無くなった。そして、くたくたに疲れきるまで遊ぶ事が無くなった。

・ 学校と家庭の間で… コンビニで息を付く子供たち  教育新世紀 / YOMIURI ON-LINEより
   http://www.yomiuri.co.jp/education21/news/kikaku12_01.htm
  日本の津々浦々にまで広がったコンビニエンスストア。今や子供たちの遊び場でもあり、時には
"更衣室"にもなる。 「下校時に寄ってはいけない」はずの小学生の男子。入り口のわきにランドセル
を置き、漫画誌を"座り読み"する姿は珍しくないが、一万円札を差し出す子や、数十円のお釣りを「い
らない」と言う子もいる。 (中略) 親や先生たちは、店の前でたむろしている姿を否定的にとらえる。
しかし、クラブ活動や塾、習い事の帰りに寄ったり待ち合わせしたりして、友達とのコミュニケーション
を図る重要な空間になっている。学校や公園に代わる新しい機能に、目をそむけるばかりでいいのだ
ろうか」と問題提起する。
 子供たちが学校や塾の行き帰りに一息つける、つかの間の自由な時間。この「便利な店」は、大人
が仕事の後に立ち寄る居酒屋に当たるのかもしれない。(解説部・鈴木嘉一)


A子供の「居場所」作りとの概念の形成
 「遊び場」から「居場所」探しへ
 ・ 「居場所」を必要とする子供達の閉塞的状況
   こども白書2001年版 P.216より
   『子どもにとって、「自分らしく」居ることが出来る関係や場所が失われている
   という閉塞性を指摘出るでしょう・・・』
   「・・・前に放課後、同じクラスの女の子、4人でしゃべっていたとき、四人とも
   自分の事を二重人格だと思うって言った。学校の門をくぐるとそこから、『えんぎ』
   がはじまるって。よーいスタートで、ぱっと表情をかえて学校用の顔を作るって。
   家に居る自分と学校に居る自分は、全然ちがう・・・」
   

・ 現在の「遊び場」としての受け皿とは…
   児童公園、児童館・公民館、学校、家庭、塾、フリースクール・・・
   商店街、ゲームセンター、歓楽街・・・


・「子供の居場所つくり事業」といった取組みを各自治体が検討を始めている

岩手日日ニュース〜水沢・江刺・胆沢<「みずさわ子どもセンター」オープン>の記事紹介
水沢市教委は、完全学校週五日制への対応として十四年度、公共施設を活用した「子供の居場所
づくり事業」を展開しているが、二十日に同市佐倉河に、子供の居場所三号館となる「みずさわ子ど
もセンター」がオープンした。
http://www.iwanichi.co.jp/iwanichi01/news_back/mizu/07gatu/news-mizu_22.htm
 


「子供の居場所」からの検索
 フリースクール
 子どもの居場所 フリースクール かしの木 http://homepage1.nifty.com/kashinoki/
 フレネ教育    http://www.jfreinet.com/education/main7.htm
 「子供部屋」−家庭内の治外法権  http://www.iluck.ne.jp/seminar/1001.html
 自分の「巣」作る  http://www.atelier-ku.com/house/02042101.html

B.冒険公園の関連サイトの紹介
  東京都世田谷区にある、住民で運営されている冒険遊び場
    http://www.setagaya.net/setagaya/playpark/
  仙台冒険遊び場
    http://homepage1.nifty.com/KUROBE/


■2.都会の子どもの遊び場について
   〜私がプレーパークの講座をやりたい理由〜
(伊丹邦宏)

私は、現在大阪市日之出青年会館で社会教育主事の仕事をしています。青少年会館は、前述の
子供達の居場所の一つと思って頂きたい。青少年−大人と子供の関わりの講座を進めて行きたい
と考えています。

(1)都会の子どもの遊び場の現状
@遊び場の変化
(高度成長期)

都市開発の中、空き地や原っぱが減少した。また、交通量の増大に伴い、道路や屋外で遊びにくく
なった。
一方、公園は計画的に増加した。しかしながらそれは、防災や憩いの場としての整備であり、必ずし
も子どもの遊び場としての整備ではなかった。
  ↓
(80年代)テレビゲームの普及・エアコンの普及・屋内の遊び場が充実し外へ出て子供たちが遊ば
なくなった。
  ↓
(現状)
屋内遊びが中心に。遊びの少人数化。縦の人間関係の断絶。
  ↓
屋外遊びが伝承されず、悪循環に

A公園から子供たちが消えた!
  公園から、子どもの姿が消えた!
  今、児童公園で、子供たちが遊んでいる姿を見ることはあまり無い。
  遊具を使って遊んでいる子供たちもいない。
  (公園には、お年寄りがちらほら・・・、犬を散歩させる方・・・など)
  公園に溢れる注意・禁止標識
   ・芝生に入らないで下さい
   ・柵に入ってはいけません
   ・ボール遊び禁止
   ・魚を獲らないで下さい
   ・自転車・バイク乗り入れ禁止
   ・危険な花火は禁止
   ・バット使用禁止
  子ども達にとって魅力の無い公園であると共に、使う側のエゴやモラルが問われている


何処の公園ににもみられる禁止標識

人気の無い児童公園


B外遊びの意義
  ・大人を含めた異年齢との出会いの場→人間関係の構築・我慢する事を覚える
  ・大人数で遊ぶ事による、人間関係能力や社会性発達の場
  ・直接体験の場→何処までやったら怪我をすると言う事を実際に知る
  ・自然環境との出会いの場
  ・創造性や可能性を伸ばせる場所  など


(2)職場経験から
@野外活動センターで仕事をしていた時の経験より

 キャンプで何が子供たちに喜ばれるか!?
 キャンプの黄金パターン 野外炊事→キャンプファイヤー→オリエンテーリング
 定番行事で盛り上がるのは、引率の大人達で、子供たちは、定番行事よりも、行事と行事の間の
自由時間に盛り上がる!
 薪割りや木登り、あるいは自由に動き回って、
 自分達の判断で自由に出来る時間に生き生きとしている。

A日之出青少年会館に移って
 ビオトープ(箱庭的自然環境)作りの取組み
 都心にトンボがいない、遊べる川が無い。都心の公園にビオトープ(箱庭的自然環境)をつくり計画
を策定し、昨年7月に完成した。開園式は盛り上がったが、翌日以降は閑古鳥で、子どもがいない公
園のありさまは、元の木阿弥。

この「ビオトープ」と「プレーパーク」を合体させたものを築いていきたい。

解説

1.ビオトープとは… 
 ギリシャ語の Bios(生命)+Topos(場所)が、 ドイツ語の Bio(生き物)+Top(場所)を意味する
言葉として、Biotop(=「生き物の住む空間」)の言葉となったドイツ語の合成語です。
そしてビオトープ事業とは、生き物が住める生態的空間を、保護・保全・復元・創出することです。
具体的には…、 大きくは森林生態系や河川生態系、海洋生態系から、小さくは乾燥した壁や
コウモリの産室といったものまでが、それぞれ一つのビオトープとしてとらえることが出来ます。
また、  バラバラに隔離されてしまった森や公園を緑の回廊でつなぐ(コリドー)ことや、森(公園)
と森(公園)の間に踏石ビオトープを作ったりして、動物の移動を可能にすることもビオトープなのです。
原則として、
  ・食う食われるの生態系を忘れないこと。
  ・土着の動物、植物の種のすべてに配慮すること。
だから、あなたの地域にはあなたの地域にあったビオトープがあるのです。
http://www.geocities.co.jp/NatureLand/1639/ (ビオトープを考える会 より)

  2.学校で行っているビオトープの実例等
  http://www01.u-page.so-net.ne.jp/sa2/bzl03743/sana1/sana1.html(ビオトープフォーラム より)

  3.ビオトープの計画手法の実例
  http://www.shimlab.com/cts/btp/btpt.html (清水建設 より)



(3)プレーパーク(冒険遊び場)について
@プレーパークの歴史

第2次大戦中1931年 デンマークで廃材置き場が「廃材遊び場」として人気を得た。
整備された遊び場よりも、廃材置き場の方が子供たちが生き生きと遊んでいる。

その後、1948年イギリスのロンドンで「廃材」というイメージを改め、公民館を利用する有志の人たちが
集まり、「冒険遊び場」を作った。
イギリスで広がった冒険遊び場は、逆輸入する形でデンマークを初め、北欧にも広がり、ドイツ、スイス
などヨーロッパにも広がっていった。現在では、ドイツ全国に約450の冒険遊び場があると言われている。
詳しくは→http://www.setagaya.net/setagaya/playpark/history1.html (羽根木のプレーパークのHP)

Aプレーパークとは
「自分の責任で自由に遊ぶ」場所 このことより、広く自分の可能性を見つける事が出来る場
穴を掘っても良い、木に登っても良い、但し全て自分の責任として行う。
日本では、1979年羽根木で始まった。
実際には、日本の都市の公園に、定期的に地域のボランティアによって運営されているのが多数で、
常設のプレーパークはまだ少ない。子どもの為に、自由に遊べる場所をわざわざ作って、自由に遊べる
場所を作るのか、実際の形。プレーパーク宣言を行って、「自分の責任で自由に遊ぶ」というルールを
掲げて遊ばせている。仮設のプレーパークは、朝準備して、夕方撤収している。

都島プレーパーク宣言
みやこじま
「自分の責任で自由に遊ぶ」
プレーパークは子どもが自由に遊べることを目指して地域の有志によって運営されています。
子どもが自由に遊ぶためには「事故は自分の責任」という考えが基本です。
そうしないと禁止事項ばかりが多くなり楽しい遊びが出来ません。
このプレーパークのモットーは、「自分の責任で自由に遊ぶ」「ケガと弁当は自分もち」です。
みんなの協力で楽しい遊び場を作りましょう。気が付いたことはスタッフに知らせて下さい。
プレーパーク

ケガをしても、自分の責任。そういった体験をする事により、何が大切かを知るようになる。
その運営の為には、これらの理由により、大人のボランティアが必要となる。子供たちが遊べる
環境を作ると共に、子ども達で判断が出来なかったり、統制が取れなくなったりした時に、止めに
入ったりする。

B都島プレーパークの紹介
  http://www.ne.jp/asahi/om/takebe/playpark/index.htm
C全国のプレーパークの紹介
  http://www.ipa-japan.org/asobiba/asobiba_ichiran3.htm

関西の常設プレーパーク

  みのお子どもの遊びを考える会  箕面市瀬川1丁目 瀬川北公園
  冒険遊び場「ちょっとバン」をつくる会 堺市茶山台1-9-1 大型児童館ビッグバン敷地内

Dプレーパークの課題
Aさん:行政的な支援も受けられず、街中で確かに管理が難しい問題だと感じる。
     学校が一つの求心力になってそのようなものになれば、活動しやすいかもしれませんね。

Bさん:全国のプレーパークの土地の所有はどのようになっているのですか?

伊丹さん:自治体の空いている土地を期間限定で設置してみたのがきっかけで、公園が多い。
      世田谷の場合は、区から世話役に若干の謝礼が出ているようですが、
      大阪はそのような事は、ありません。
     「土地」「資金」が実際問題です。「行政的な支援」がなかなか得られていません。
      行政がどのように考えるかが、支援のあり方に大きな違いを生んでいます。

伊丹さん:常設は実際確かに難しいですね。しかし、仮設でもたとえば月一回でも実施できれ
      ば、子どもたちや大人に対してよりよい効果が出てくると思います。
      ケガをすることで学ぶことがある。ただ、プレーリーダーがいるから最悪の状態は回
      避できる。チャレンジと失敗を繰り返しながら成長する子どもを見て、親はまた子ど
      もについて理解することができる。
      学校という完全に管理された場所でないからこそ、学べるものが公園にはあると思い
      ます。

Cさん:大阪の公園は、東京の公園と比べると、大阪の公園は入って行き難いと感じる。
    それは、(1)木の違い、東京は欅など落葉樹が多く登りやくいが、大阪は、
    くすのきなど常緑系で鬱蒼としていて登り難い木が多いと感じる。これらの木は、
    もちろん、大きくなると登れない事もないが、戦後公園などに植えた木は、やはり
    登り難い木でしょうね。また、桜は、好まれて植えられますが、毛虫がおおくて、
    登り難い木かと思われます。
    (2)また、街のつくりでも大阪は四角い土地で整備されているが、東京は複雑な
    地形を巧みに利用
している、傾斜があれば、重力を感じながら遊ぶ事が出来る。
    行政としても、公園の作り方(設計の仕方)を工夫する必要があると感じる。

Dさん:実際には、「虫が来ない木」「(葉が落ちず、枯れにくく)管理がしやすい木」など
    管理側のニーズで決まっていますね。

Cさん:隠れる場所が無く、四角い公園は、監視がしやすく、管理しやすいですよね。

Dさん:公園の形もさることながら、プレーパークの実現には、難しさを感じますね。
     民間の遊園地のフィールドアスレチック等に併設して料金を徴収して行うのならば
     いざ知らず、日常の生活の場において、プレーパークを実現しようとすると、
     「土地の問題」「管理の問題」「ボランティアの問題」など難しい問題と感じますね。

Eさん:行政にどうですか?と言ったって、許可は下りないでしょうから、市民として
     勝手にどんどんやるべきでしょうね。

Eさん:公園は管理されすぎている。落ち葉があっても、大人がすぐ掃除してしまう。

Dさん:落ち葉がまた遊び道具になりましたよね。



E大人と子どもいい関係作り(地域教育力達の再生)を目指して

Eさん:
   大人が管理しない場所が子ども達には喜ばれる、あるいは癒し−水を題材にしたものは、
   子ども達に喜ばれる。建設現場なども、バリケードなどせずに、子ども達に開放できれば
   楽しいだろうに(笑)

Dさん:子供の頃、近所の家を取り壊していた。休みの日、そこは、子ども達の秘密基地であり、
    格好の遊び場だった。そのとき、釘を踏み抜いてケガをしたことを今でも覚えている。
    しかし、今は、入れる場所を作っては、訴えられる。須磨の護岸の隙間で子どもが亡くなった
    事も、記憶に新しい・・・。

伊丹さん:やはりプレーリダーは、子ども達にケガをさせないように最低限の努力をしている。
     予め、危なさそうな枝を切ったり、小屋の土台が腐っていないか点検したり、あるいは
     子ども達に、ヒントを与えたり・・・

Fさん:都島の例でもそうですが、子どもの為のプレーパークになっていない。
     子ども達に自分の責任でと言って意味が判るのだろうか。
     「みやこじま」は大きなひらがな、最後の「プレーパーク」は大きなカタカナ。
     子どもには、夢の部分だけ見せている。
     途中の注意書きは、小さな字で、漢字に振り仮名も付けていない。
     これは、親に見せる為に表示だという事がアリアリ
だから、一部の大人が
     仕切っている姿が見え隠れしている。
     子どもたちが判るように、平仮名にしたり、「自由とは」「責任とは」などを、学校とは別に
     子供達に教えてあげる工夫が必要では無いだろうか
。外に出ると、
     車以外でも怪我して死ぬよ という事から教えてあげなければならないでしょうね。
     廃材遊び場からイメージして小学生・中学生まで遊べそうな所をイメージしたいけど、
     管理者が存在した瞬間から、幼稚園児程度の子供しか対象としない場所となっているの
     ではないかと感じる。
     「自己責任」とか「自由」の根幹から考える必要があると感じる。

Fさん:子供たちが主体的になれる「空間と時間」とそれを「居場所」と言っている。
    我々は、それを「巣」というのかもしれません。

Dさん:やはり、「巣」という概念が必要か思いますね。山の中へ分け入っても、「秘密基地」
    捜し求める、それが即ち、「巣」です。小さな子供たちが、自分の周りを取り囲うようにおもちゃを
    並べる、それが、「巣」なのでしょうね。

Eさん:閉じこもりも「巣」なのでしょうね。

Fさん:隠れたいのでしょうな、「隠れ家」なのでしょうね。

Gさん:今の、子供に遊び場が無いのは、本当に可愛そうだと思う。今の子供は、喧嘩をしても手加減が
     判らない、昔は、そんなことを判っていた。そう云う意味では、みんなが触れ合う場所は、本当に
     必要と思う。しかし、親の役割は大事。普段、人付き合いをしたことの無い大人が、子供たちに、
     上手に人付き合いを求めるのは難しいのかもしれませんね。

Hさん:母親達は、この様な付き合いを、団地や公園で従来的にはやっていたのかもしれませんね。
     幼稚園に行く前の子供の母親達が、代代受け継いで、子供たちを遊ばせていた。しかし、遊ばせ
     る場所が無いと出来ない。女性の感覚では、組織というより、集まったなら、集まったなりにそれ
     なりに進めている。しかし、大きな組織にして行こうとすると、当制するリーダーシップが必要なの
     でしょうね。サラリーマンが、リーダーシップを勤めていくのは、実際には関わりにくいことなのかも
     しれませんね。7月で紹介して頂いた、山根さんの例は、山根さんだから出来るかも知れません。



伊丹さん:

    プレーパークの運動は、言い換えれば

     「単に子どもの遊び場作りにとどまらず、
      その活動を通して、現代の都市社会に
      なくなりかけている人間の絆を
      取り戻そうとする運動である。」
 
    
(「冒険遊び場がやってきた」より)


■3.“遊戯施設乗物の原理”/“体感の原理”と“楽しさの原理” (カキクケコージ)

 大変ご無沙汰しております。親父倶楽部の
初期の頃、参加しておりましたカキクケコージです。
私は、遊園地のジェットコースターとか観覧車と
いった乗物を設計製造しております。昔は、遊園
地がレジャーの代名詞となって脚光を浴びてきた
産業でしたが、バブル崩壊後、遊園地の撤退ラ
ッシュに巻き込まれて、時代の大きな変わり目
を目の当たりに感じているものです。

 この度、「都会の中の遊び場」というテーマで
親父倶楽部が開催されるとのご案内をいただき、
遊びを原点から考えれるいいチャンスではないか
と思い参加させていただくことになりました。

 手ぶらでは、せっかくの親父倶楽部の“主体的に参加する”という隠れた親父倶楽部の合い
言葉に反すると思い、ある遊戯施設メーカーのカタログから抜粋したものですが、“遊戯施設乗
物の原理”で“体感の原理”と“楽しさの原理”
をうまく言い表わしたものがありましたのでご参
考までにご紹介致します。

■体感の原理 principle of bodily sensation

五 感 the five senses

   G覚 the sense of gravitation
(ジェットコースターなど重力逆らう感覚)
   視覚 the sense of sight
(変る風景)
   聴覚 the sense of hearing
(音)
   臭覚 the sense of smell
(機械の臭い)
   触覚 the sense of touch
(風などの感覚)
 ↓
体 感 bodily sensation

■楽しさの原理 principle of pleasure

  美感            体感          心の感動         楽しさ
aesthetic sense    bodily sensation   emotional excitement    pleasure
          +           →              →
  期待感        身体の感動         満足感          リピート
expectation      physical sensation    satisfaction         repeat


 子どもたちの遊び場は、人工的なものから、自然へ回帰してきております。しかし、先天的に子ども
たちは、いつの時代も、どんな環境にあっても、それぞれの生活環境の中で工夫し遊んできました。
子どもたちの遊び場は、大人がしかけるのではなくて、子どもが作るものじゃないかなと最近考えます。
 人間の欲望は、限度を知りません。遊園地で絶叫マシンに乗って異次元体験が流行ったのも記憶に
新しいですが、さらに上の体感をしたくて、現状のマシンに飽きてしまいます。
 これからは、欲望の限界に挑戦するのではなくて、もし大人がしかけを作るとするなら“身体を癒す
遊び”それも“安・近・短”というキーワードがポイントになってくるのではと思います。

■3.西宮市立上ヶ原小学校 PTAクラブ
     こどもサポトートクラブ『かぶとむし』の紹介 
(糟谷浩史)

■ クラブの紹介
日頃から、学校や地域とのつながりに関心を持っ
ていながらも、参加する機会を見出せなかった男親
を中心に、PTAのサークル"子どもサポートクラブ
『かぶとむし』"として発足しました。平成12年度の
春から活動をはじめ、今年で3年目を迎えます。
「上ヶ原地区にいる『ビートルズ』世代の普通のお
父さんが『甲山』の見える小学校を本拠地に埋もれ
たパワーを発揮するのが、こどもサポートクラブ『か
ぶとむし』です!♪盆踊りの櫓組立に協力したり、
校庭の庭木を剪定したり、汗を流して楽しんで、た
まにはビールでも飲んで語り合ったり...
「無理なく、自ら楽しみながら」、子供をそして地域
をサポートできたら最高です。

■ 活動実績(写真)
1.盆踊り櫓組立ての手伝い(主催:上ヶ原地区青愛協・体振)

2.校内庭木の剪定(『かぶとむし』主催、小学校の先生方や地域団体の協力)

3.マラソン大会(甲山森林公園)の伴走参加


4.仁川探検 (阪神南青少年本部主催:「親子自然ふれあい塾」事業に参加)


5.「音楽会」への参加(「PTAのクラブの共演」といい形で、子どもたちの音楽会に参加させていただく)

6.「上ヶ原まつり」への参加(「PTAのお店」として、実行委員のお母さん方と共同企画)
 @ 2002年2月4日  手作り楽器(家庭にある身近な材料、仕事の廃品を利用)

 A 2001年2月4日 「四角いベニヤで、まあるいドームを作ろう」


■  より広い交流に向けて...

  ・ 「会員」に固定した活動だけでなく、積極的に情報発信していき、単発の参加も歓迎
  ・ 上ヶ原小学校の先生方とも、こどもや地域をサポートしていく方向について、語り合いたい
  ・ 隣接校の活動や類似の活動をウォッチして、場合によっては、幅広い意見をヒアリング
  ・ 情報発信のツールとして、ホームページを創作し、充実させていく
 
今後の問題
完全五日制になり PTAからPTCA(C:コミュニティー)になりつつあります。土曜日に行事を作り、
子供を預けておけば良いのでは・・・とか、活動をする人の負担増と、やらない人の遊離が進み、
難しさを感じます。

http://members.jcom.home.ne.jp/acnj/kabutomushi.htm(上記の紹介サイト)
http://members.jcom.home.ne.jp/acnj/(建築と子供たちネットワーク)


■ メール参加 
飛行親父の豊田です。(2002.7.19)

たぶん、東京の世田谷のプレーパークをイメージしていらっしゃると思います。
http://www.setagaya.net/setagaya/playpark/index.html
ただし、最近は、形も大事ですが、関わる人の心ということを抜きにして
すすめることは、難しいと思えてきました。
こどもの素直さを引き出すには、大人の打算はすぐに見破られてしまいます。
大人も素直に子供を見ること、そして自分を見ることができるようにならねば。
というより、子供に教えてもらえることがたくさんあることを
理解できるスタッフが必要です。
気付きが、一番重要です。
坂龍塾の八尾さんの話は、とてもわかりやすいです。
一度、そちらでも 講義をお願いしてみてはいかがでしょうか?
現在、東京と甲府、名古屋で、開催されています。
http://www.bm8.ne.jp/dr80/homepages/seminar.htm

私は、 おそまきながら、学校法人を設立して、地域の先生方、お母さん、お父さん、
そして、LDの子供たちも 参加できる 生きがい、やりがいのある、生き生きとした
輝く先生を見つめる子供達の学び舎を創造していくつもりです。
みなさん、本当の活動はこれからです。
力を合わせて、すばらしい21世紀を創造していきましょう!!

飛行親父こと豊田です。(2002.9.2)

私の少年時代の経験を少しお話します。
私は、昭和33年から、昭和43年3月まで、東京の世田谷に住んでいました。
町には、大きなどぶが流れていて、それに沿って探検したり、
空き地の石がごろごろしていて、雑草が茂っているところで、野球をしたり、
駄菓子屋で買った、めんこで遊んだり、自転車で、新幹線を見に行ったりしていました。
昭和43年に横浜の日吉に引っ越してからは、近所の田んぼに、板を浮かべて
泥の上をすべったり、かえるを取ったり、
お寺の裏山の木の上に基地を作ったりして、遊びました。
また、家が、貧しいために、夏休みは、毎年、40日間、栃木の田舎に預けられていました。
ですから、都会の夏休みの経験はありません。
畑のふかふかの土を駆け回り、取れたての野菜を食べていました。
朝から、くわがたやカブトムシをとって、あぜの間の小川で、貝をほったり。
夕暮れのヒグラシの声が、なぜか、こわくて、裏山を駆け下りた記憶があります。
原体験という言い方をするとしたら、自然のありがたさを理屈抜きで、
身に付けられる時間と環境を持つことができたと思います。
その代わり、ぜんぜん勉強をすることはありませんでした。
中学高校で、むしょうに、本が読みたくなったことを思い出しました。
それも、衣食足りて、という環境のおかげだと思います。

   

  








■第35回親父倶楽部を終えて   
                           運営委員長 西 博康


今回の親父倶楽部は、大阪市立日之出青少年会館 社会教育主事補 伊丹邦宏さんをお
招きして、「都会の中の子供の遊び場」について、考えてみました。子供はほっときゃ外で
遊ぶ、腹が減ったら帰ってくる・・・何ていうのは、もう昔の事なのでしょうか。子供の遊び場を
親も子も、地域も行政も考えていかなければならない時代に、複雑な想いを感じます。へとへ
とになって遊ぶ子供の笑顔を大切にしていきたいですね。

伊丹さんより
 できるだけ自由に子どもを遊ばせてあげたいという理念と、最低限の管理は必要だという
現実とのせめぎあいという、プレイパークの抱える最大の課題が当日の討議でも中心になっ
ていて、あらためて課題の大きさを確認した次第です。
また、最後の方で「巣」という言葉が出ていましたが、そんな場まで行政や大人が準
備してやらないといけないのか、という点も、様々に意見が分かれるところではない
かと思います。ただ、最終的に居場所を選択するのは子どもたち自身になります。プ
レイパークも子どもたちに支持されなければ、なくなっていく運命になるかもしれま
せん。プレーパークは、今の子どもたちに対する、大人からの1つの提案ではないか
と思っています。
 当日も含め、つたない説明でご迷惑おかけしたかと思いますが、また寄らせていただ
ければ幸いです。そのときには、またいろいろと楽しいお話ができればと思っていま
す。よろしくお願いいたします。


カキクケコージさんより
 親父倶楽部のみなさん、本日はどうもありがとうございました。
久しぶりに見る、みなさんの顔は、とっても親父らしかったです。
プレイパークの講座をやりたいという伊丹さんの情熱もしっかり
伝わってきました。
 大事なのは、地域の顔が見えるネットワーク作り。
これさえできれば、プレイパークであろうとまちづくりであろうと
ちょちょいのちょいとできるはず。プレイパークが、そのネットワークの
手段となってもいいかもしれませんね。
 人と人との関わりは、ひとりひとり、フェイス・トゥ・フェイスで
それぞれの思いを話し合い、共通の思いにしていく地道な方法以外は
ないかもしれませんね。
 地域に親父がどんどん関わっていく、そんなまちづくりを地域に住む
親父としてやっていきたく思っております。とってもすてきな時間を
親父倶楽部のみなさんと共有できて本日は、満足度100%でした。
また、ひょっこり顔を出しますので、そんときは、よろしく!


    







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親父倶楽部 「第35回例会記録」
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